教会報、週報からの自由な抜粋です。

 

本の出店

『一粒の柿の種』     渡辺正隆
 副題に「サイエンスコミュニケーションの広がり」とあるように、過去から現代に至るまで、科学を一般に広げる為に努力してきた人々の物語。 ダーウィンの『種の起源』は一般向けの教養書として出版された。だが、その事実はあまり知られていないから、作者に「今度は専門家向けの『種の起源』を読みたい」と訪ねてくる学生もいるという。こうした一般向けの科学の本というと、カール・セーガンの『コスモス』が思い浮かぶが、セーガンは米国科学アカデミーの会員に選ばれることはなかった。彼のように世間で人気と科学コミュニティ内の人気が反比例をることを「セーガン化」という。
今の日本では子ども向けの科学読み物が少ないといわれるが、大正時代の児童雑誌「赤い鳥」に寺田寅彦の「茶碗の湯」が掲載された。もっともペンネームで掲載された為に、寺田寅彦の作品であるとは、ほとんど知られていなかった。
米国の首都ワシントンには、大理石の踏み段に腰を下ろすアインシュタインの銅像があり、手で触れたり、足の上に乗ることもできるという。足下から見上げることしかできないリンカーン像とは対照的だそうだ。
 科学に無関心ではなく、関心をもつ、これは万人にとって必要な素養であるという筆者の指摘には疑いの余地がない。

 

『もうひとつの幸福』   清水真砂子
 「私は若い頃、人生がこんなに面白いものだとは思ってもみなかった。死なないでよかったと思っている。生かされていること感じる」とあとがきにある。こんなに面白いものの中身をいくつか紹介したい。
 ロンドンで暮らしていた頃、イブの寒風にうずくまる老人。その老人に一ポンド硬貨を差し出した筆者。老人は「ありがとう。あなたにも」、「神の御加護がありますように!」。
この一言が、立場を逆転させてくれ、最高のクリスマスプレゼントをもらったと夫婦で抱き合って喜び合ったという。
 筆者の父は朝鮮に渡った。そのため戦後は引揚者として辛苦をなめることになる。だが、子どもたちの誰一人、そんなことは露ほども思っていなかったが、父は朝鮮行きを悔いていたことが死後発見された日記であきらかになる。父が死ぬ前に、誰も恨んでいないと一言伝えてあげればと後悔している。家族であるからこそ、口に出していうことの大切さを思わされた。                                                           (K.D.)