ある日の週報から

                            2012.6.17

 善き人の死
 今のわたしは生きていることを心よりイエス様に感謝しています。なぜなら毎週深川教会の主日礼拝に出席できていますし、子供たちの助けなしで身のまわりのことができること、歯は抜歯4本・差し歯2本その他全部残っています。定年退職直後とはさすがに違いますが70才後半頃の生活とあまり差がないと思います。欲張りですが当分このまま続くことを願っています。偶然、退職の送別会に御礼の挨拶の原稿が出てきて、その最後に「100才になってシワシワの顔で皆様にお会いできたら面白いな」なんて書いてあったので笑ってしまいましたが、実現ありか?などと甘えています。
 わたしの40才頃の出来事なのですが、新しく引っ越した家に炭の配達で売り込みに来た方がいました。気配りがよく、病弱な母にはいろいろな情報を聞かしてくれたり、ご自分の家族のお話、炭店の主人が亡くなり、若い店主を助けながら商売をしていることなどその配達の回数が重なるうちに、お互いクリスチャンであることが解り喜び合いました。
 H教会が近くにあることも教えていただき、母も大いに喜んでいました。その方はNさんといって、H教会の長老も勤めていたそうです。知り合っただけでなく早速私達の家で家庭礼拝の計画をしてくださり、当日は牧師夫妻、副牧師夫妻、教会員4~5名と大勢での来訪でした。Nさんは、母の気分のよいときは何時教会を訪ねても誰かに声をかけていただけるよう配慮してくださったと、母は感謝していました。
 ある日会社から帰宅すると、母が、今日Nさんはとても顔色が悪くて「少し休んでから帰ってはどうか」と声をかけたが、「仕事を早く切り上げて家で寝るから」と言っていて帰った後の帰宅途中に事故に遭われたと知らせがあったと、心配そうに言っていました。
 その後2~3日して、母は、Nさんの葬儀に参列した時の話を聞かせてくれました。
  事故があったのは、H団地として広く開発された地域に隣接した新しい住宅地があり、その通路でNさんは血を吐いて倒れていたのだそうです。発見した人は警察に通報したのですが、警察はNさんの吐いた血で服が汚れているから、これは強盗に襲われたと判断して、今では考えられませんが、病人はそのまま動かさずに捜査を終えてから救急治療ということになったらしく、Nさんは手当てされない状態でした。そこにH教会の長老の方が通りかかり、非常線で囲われた中のアスファルトの上で横たわるNさんを発見して、驚き警官に「知り合いなので早く治療してください」と頼んでも取り合ってもらえませんでした。捜査が終わり救急車に乗せられる時には、まだ首を動かしていたのですが、残念ながら亡くなった、との話でした。
 その話を聞き、誰かに「何故」と問い掛けたい気持ちになりました。信仰強く伝道にも熱心な方だったのに長い時間道端に横たえられ、さぞ苦痛でしたでしょうと想像すると、とても残念な気持ちでした。それは暫く、浮かんでは消えしていましたが、 ある時、Nさんはあの横たえられている時間、意識のあるうちは何をを祈られたか、と想像すると、あの信仰強い方はイエス様の霊に導かれながら、父なる神様の刻む時を受け入れ、み心の成るように祈り、主の導きにより天国へ旅立たれたであろうと考えるようになりました。Nさんの死は悲惨な事故死ではなく、後から信仰の道を歩む者を勇気づける出来事だったと考えるようになりました。
 わたしも御霊に導かれる日々でありたいと思いました。   

                               (S.N.)