ある日の週報から

                            2012.9.5

 今、わたしの人生の目標に一つとして、人にゆるしていただく、人をゆるす、そういう生き方をしていこうと思っています。考えてゆくとたいへんなことだと気がつきました。
 太平洋戦争を起こした理由は、詳しくは知らないのですが、ハワイの奇襲、中国での大量虐殺、韓国の慰安婦強制連行、東南アジアでの村人虐殺等、ゆるされるのだろうか? はたしてゆるしてもらえるのだろうか?  アメリカの広島・長崎の原爆投下、無差別爆撃、これもゆるされるのだろうか? 被爆された方々、日本各地で空襲にあった方々にとって、ゆるせるのだろうか。 
 人類の歴史の中でずっと続いてきた問題で、どこか線引きするなんてできない。
 イエスさまが言っている。七の七十倍ゆるしなさい。ほんとうに天文学的な数字になってしまうほど大問題なのですね。
 わたしなど小さな人間はたった一言、心ない一言で眠れぬ夜をすごしたり、こんなんで人をゆるせるのだろうか?  もし自分の身内に何かのことが起こったとき相手をゆるせるのだろうか、また逆になった場合、ゆるしてもらえるのだろうか?
 原子力の問題、未来への責任が今の人たちにとれるのだろうか? 最近テレビで見た水俣の公害問題で、当時の会社、政府、役人の関係者がインタビューを受けていたのですが、ほとんどの人が責任を感じていない。「しかたがなかった」と。とんでもない話で、何人もの人が被害を受けて苦しんできたというのに。人間としてこんなことがゆるされるのだろうか? 被害を受けた人が聞いたら、また怒りがこみ上げてきて、ほんとうにゆるせるのだろうか?
 そんなことを考えながら、自分が当事者になっていないから簡単に思ってしまう「ゆるす・ゆるされる」、もう一度肝に銘じて! これからの大きなわたしの課題です。
    ps わたしに起きた小さな奇跡を、イエスさまの贈り物として。

                                (M.K)