本の出店

 「晴天の迷いクジラ」 窪 美澄
 家族は帰るべきところであると同時に巣立っていくべきところであると、約六十日に及ぶ精神病院への面会で痛感した。家族によって心の安定を失い、家族と距離を置くべく入院している患者たち。
「晴天の迷いクジラ」にも、家族によって拘束された少女が登場する。
  デザイン学校をギリギリの成績で卒業した由人は先輩のつてを頼って就職したデザイン会社は従業員八名の零細企業。入社二年目で業績不振で社長共々の地獄めぐりがはじまった。医者でもらった抗うつ剤を飲みながら連日残業。おかげで彼女に去られて、ますますうつ状態に。
漁村で育った女社長の野乃花。子供のころは天才画家ともてはやされたものの、美大進学を目指して通った教室の先生と出会ったことで、子供が子供を育てることなって村を出奔した過去がある。
一六歳の正子。幼くした亡くなった姉の身代わりとして、母親の命令は絶対服従。おまけに小学校入学時から就寝起床時間、トイレ回数、朝晩の検温を記した「正子の記録」と題したノートの提出が課される。読む本は母親がすべて選び、おやつは母親の手作り以外はダメ。もちろん、友人宅へ遊びにいくことも認められない。
こんな三名がひょんなことから、湾に迷いこんだマッコウクジラを見に行くことになる。地元の人たちには一男一女とその母親と偽って。そして、そこは野乃花が育った村だった。
宿にした家では、置き去りにした娘の姿を正子に重ねながら家事をする野乃花。人を人とも思わない女を捨てた社長だと思っていた野乃花の姿に驚く由人。そして、湾に迷い込んだクジラを見れば、友達を失った自分が変わることができるかもしれないと思う正子。
三人に共通するのは生への絶望。その絶望が湾に迷い込んだクジラの姿でもある。
「一頭や二頭のくじらを助けて、海に帰したところで、生態系には何の影響もないもの」
天才画家になり損ねた野乃花や、母親に完全管理された正子、しがないデザイナーの由人もクジラとおなじなのだろうか。
正子を連れ戻しに来た両親の目の前で、クジラにむかってダイビングする正子。正子を止めようとロープを飛び越えた由人。「死ぬなよ」とメッセージを携えて。
          教会報「つながり159号」より (K.D.)