イエスの殺害を引きずって

 何という思い現実だろうと思う反面、だからこそ恒に私と共にあると強く意識する。「死」ではなく「殺害」。だからこそ、私も決して、イエスの殺害に無関係ではないし、自らの傍らにいるのだと、意識せざるを得ないのではないか。